若い頃(今の年齢からいうと 高校生ぐらい)から
「何かできることは・・・」とずーっとずーっと考えてきて
小さいころ(コレは 幼稚園ぐらいから)
障害を持つ近所のお姉ちゃんが 当たり前のように側にいて
なんとなく単純に お姉ちゃんが笑うのが嬉しかった
将来のことを考えるようになってから
漠然と 私は障害を持つ人たちと関わりたい と思っていて
(言葉に不適切なところがあるかもしれません)
高校生の頃 方向性を定めようと
特別支援学校にボランティアに行ったりしていたのだけれど
当時の先生にどうしても聞きたいことがありました
「こうして活動することが偽善ではないかと思うことがある。
笑顔を見たいとか 何かしてあげたいと思うこと自体が
偽善なんじゃないかと思うことがある。そんな気持ちで彼らと接していいのか」 と
先生は言いました
たぶん 誰もがそう思うことはあるよ と
でも そう思わないとできないこともあるんだよ
それでも彼らが笑顔でいられるなら 私たちは必要なんだ と
私はそれから いろいろと経験し いろいろな人と出会い
悩んだ結果 「サラリーマン」になりました
でも いつも心の中に 何かしたい 何かしたい
27歳で会社を辞め 海外に出て また いろいろと経験し いろいろな人と出会い
日本に帰る前に 小さい頃からずっと心にあった 海外ボランティアに参加することに
ベトナムの孤児院は 恵まれた日本で育った私には 本当に過酷な環境でした
たった2週間 何もできなかった
日本に帰ってきて また 出会いがあり 再び「サラリーマン」
心の中にはいつも 引っ掛かりがあって
「何かできないか」 「何かできないか」
世界中で苦しむ子どものニュースを見ながら
「何かできないか」 「何かできないか」
災害で絶望の淵にある人を知って
「何かできないか」 「何かできないか」
いつもいつも インターネットを駆使しても
自分が思うような活動に当たらず モヤモヤ
テレビをつけると こんなにもたくさん アクションを起こしている人たちがいるのに・・・
こんな私は 何から始めれば???
何かをしたい と思うことが偽善なんじゃないか
こうしてブログに書くことさえも 偽善なんじゃないか
ずーーーーっと この思いは ついてまわります
家庭もある身です 仕事にも 責任があります
体が丈夫でもありません
でも お金の支援だけでなく 何か私にできることはないでしょうか
そんな気持ちで何かできないかなんて 「甘い」んだろうとも思います
家庭を捨てなくとも 会社を辞めなくとも
体が丈夫じゃなくとも できることはありませんか
海外で苦しんでいる子どもたちのために
被災して絶望している人たちのために
寂しい子どもたちのために
障害をもっている人たちを笑顔にするために
こんな私でも何かできることはないでしょうか
同じような気持ちの人がいたら ぜひ声をかけてください
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